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恩師「望月慎也」

2018/06/08

私がアコーディオンに思いっきりハマったのは、「望月慎也」という名(迷?!)演奏者に出合ったからです。

 

プロになって3年目。少しは仕事が取れる様になって来た頃。

とある方に連れて行かれたのが「ニュートーキョー池袋ミュンヘン店」というビアホール・レストランでした。

このお店、今はもう在りません。

平成10年頃までは、生演奏を聞かせてくれるレストランが沢山あったんです。

時代の流れでしょうか。今は食事かお酒を飲む場所しか残っていないですね・・・

 

さて、このお店で私は、本当の意味での「音楽芸人(音曲師)」に出会いました。

この「音楽芸人(音曲師)」も、昭和の頃は沢山TVに出演していましたが、何時の頃からか一般の目に入らなくなりました。

どの様な芸人か・・・と言いますと、「音楽」が単なる「技術」ではなく、「芸」の域に入っている人です。

 

「スパイク・ジョーンズ」って知っていますか? 映画「マルコビッチの穴」の監督ではありません(苦笑)

日本では、「クレイジー・キャッツ」や「ザ・ドリフターズ」がマネをした、冗談音楽の元祖です。

「クレージー・キャッツ」がアメリカ公演を行った時に「スパイク・ジョーンズ」本人の前で演奏したという話があります。アメリカで公演した中で「スパイク・ジョーンズ」の前で演奏した時が一番ウケたという逸話が残っています。

「スパイク・ジョーンズ」は音楽演奏技術のレベルが格段に高いデキシーランド・ジャズのビック・バンドなんですが、技術を感じさせない演奏をし、コントやギャグを中心に見せてしまうグループでした。

 

私はこのチームが好きで好きで、「スパイク・ジョーンズ」の様なショーが作りたくて作りたくて・・・

日本では「スパイク・ジョーンズ」を演じる人がイナイと思ったので、アメリカに自費留学を決行しました。ビザの関係で一旦日本に帰りましたが、その当時の私は、数年以内にもう一度アメリカに行き、もう二度と日本に帰らないつもりでした。

 

ナノに居ました!! それも「一人スパイク・ジョーンズ」を、毎日アッサリと演じている人が!!!!!

アコーディオンだけでなく、パイプオルガンを弾くわエレクトーンを弾くわピアノを弾くわ・・・何でこんなに何でも出来るのだろうと思いました。

エレクトーンに関しては無類のアイディアで弾きこなすスゴい人でした。実はヤマハがエレクトーンを開発した時、望月先生にプロモーターを依頼したのだそうです。そして、望月先生が日本中でエレクトーンを演奏した事で、エレクトーンの認知が上がり売上げが伸びたのだそうです。(音楽関係者からの裏情報です。)

 

「ニュートーキョー池袋ミュンヘン店」は、座席数350席位のお店でした。座席の中でアコーディオンを弾いて歩く姿は、アイディアに溢れていました。

下駄を履き、下駄のカラコロと鳴る音をリズムにして演奏したり。

楽器に電池で鳴き声の出る玩具の鳥を付け、鳥のさえずりに伴奏を付けているがごとく演奏したり。

挙げたらキリがない程たくさんのパフォーマンスを演じていました。

私は、日本にこの様な名人がいたことにビックリしました。このお店は当時の私の収入では数か月に1度しか行けない場所なので、今日この時に出来るだけの事を吸収してやる!! と思い、先生が弾き歩く後に付いて回りました。すると先生から「お店に出演しないか?」とのオファーがあったのです。

そして、押し掛け弟子?!の様に、先生のヒッツキ虫になりました(苦笑)

 

望月先生は二年前に亡くなられました。彼の演奏をもう聴けないのが悲しいです。

引退された後も、お呼びが掛かれば演奏していらっしゃいました。

当教室の発表会にも、三回ほど出演していただきました。先生の演奏は、見る度に大きく無駄なく鮮明になり、エネルギーがどんどん大きくなっていました。好奇心が強い方で、亡くなる寸前まで色々な音楽を聴き、いろいろな映像をご覧になっていたそうです。

人間のエネルギーは好奇心を失わなければ枯渇しないと言う事を、身を持って教えて下さった方です。

 

私も望月先生の様に、エネルギーの充填を怠らず生きたいと思っています。

 

東京杉並区の音楽教室 ヴォードヴィル・アコーディオン教室